名古屋における旧町名復活について・殴り書き

名古屋の中心部は圧倒的な「地名不足」

名古屋市中心部は地名が少なすぎる、という問題。駅名にまでなっている「矢場町」ですら地名として残っていない。今すぐにでも旧町名を復活すべきである。

 

歴史を知れて面白いということだけではない、もっと実用的な利点が旧町名復活にはある。我々人間も、名前があるから評価できて、名前があるから区別できて、名前があるからイメージができる。土地も同じである。もっと狭い単位で土地を区切る、指し示すことができれば、町が町として存在できて、そこにイメージが集積し、個性が生まれる。当然そこには名前、つまり地名が存在していなければならない。町の雰囲気やそこにある店・施設が町名のイメージを形作るかもしれないし、逆に町名の響きがその町のイメージを規定する場合もあるだろう。最近の地域おこし等は、地名にかこつけた商品やイベントなんかも多いのではないか。

 

現実問題、丸の内、錦、栄の3つの地名だけでは少なすぎて、コンビニ店舗などもその所在地を地名のみで的確に言い表すことが出来ていない。どういう名前を付けているかというと、旧町名にも共通する「通りの名前」を結構使っているんです。これはコンビニに限らず、色んな店がそう。このことが即ち、地名が足りていないことの象徴ではないだろうか。

 

名古屋市中心部の地名(マピオン「境界線マップ」より)
名古屋市中心部の地名(マピオン「境界線マップ」より)

便利な地名とは...

 いくら「通りの名前」を使った呼称が一般化しようとも、正式な地名としてその名前が認められていなければ、地図に載ることもなし、検索してもでてこない。まさに不便である。地名を簡素化し範囲を拡大し統一する、これが利便性を求めて行われたことなのだとしたら、今すぐにでも撤回されるべきだろう。地名は郵便配達のためにあるのではない。

 

それから、今の時代、誰もがインターネットを通じて手軽に地図を見ることができ、住所を検索することができる。目的地までのルートはスマホが案内してくれる。そういう世の中である。結局住所を入力するのだから、その住所の指し示す範囲が広いか狭いかで利便性に差がでるわけがないだろう。むしろ「丸の内」以下の地名が数字の羅列であるせいで、具体的な場所をイメージしにくいことの方が利便性を損ねていると言える。刑務所じゃないんだから、ふつう出席番号で友達同士を呼び合わないのと同じですよ。

 

「錦三」にも歴史はあるが...

以上のような現代的な事情を加味した利点、それに加えて町名の歴史にも少なからず価値がある。都市は歴史の積み重ねの上に成り立っている。その歴史や文化は地名とともにあり、地名もまた歴史や文化と共にあったはずだ。旧町名は名古屋が名古屋であることの生き証人でもあった。自分の住む場所に、勤める場所に、どういう由来があって昔なにがあったのかというのは、人間誰しもが気になることだ。

 

丸の内、錦、栄、この3つの地名が設置されていることも、もちろん歴史の1ページである。「錦三」という言葉も定着した。しかし、これらの地名がそれ以前の地名を一網打尽にして、まったく脈絡もなく、歴史を無視して付けられたものであることも忘れてはならない。一部でもいいから、旧町名を復活する。これもまた歴史である。無意味な地名の改悪は撤回されるべきだ。自らの歴史を蔑ろにする街に未来はあるか。

 

 

 

 

追記

丸の内は丸の外だよね。市役所は抵抗があったけど、地元の要望が強かったらしい。しかしひどい地名だ。市もちゃかり駅名に使ってるし。丸の外だよ?完全に。丸の外駅