Summary of 好太郎用水

僕はこれを「好太郎用水」と名付けた


村区に未舗装の道がある。幅は比較的広く、路地という感じでもない。未舗装だから私道なのかなと思わされるが、ここは「市道」である。名古屋市道路認定図で確認すると、この道には「好太郎線」という名前が付いていることが分かる。ここを川の跡だろうと思い始めたのはいつごろだったろうか。 未舗装の道というのはあたりではめずらしく、かつては家々の裏側を抜けるような形だったので多少不気味な感じもしていた。だからあまり積極的に通るということはしなかったけれど、なんらか惹かれるものがあったように感じる。

 

遅くとも2014年頃には既にその道と前後の区画の特徴から、何らかの川跡ではないか、という考えを持っていたようである。 自由研究に「徳左川の流れていたと思われる私道」として写真付きで紹介している。ただ実際にはここは徳左川とはまったく関係がない。当時も果たしてここが本当に徳左川の痕跡なのかということについては相当疑問を持っていたものの、この川跡っぽい場所の写真を載せないわけにはいかない、ということで断定は避けつつ記入した記憶がある。 しかしながら、その正誤に関わらず川跡だろう、という推測と認識があったという事実こそが重要なのである。

 

先述の通りこの道は徳左川の痕跡ではない。 一時期、改めて古地図や自らの自由研究を見直した結果だろうか、ここを川跡ではないだろうと認識していた時期があった。しかしインターネットや図書館での高度な情報収集をしていなかった当時、その結論に至ったのは決して理解できない話ではない。 ここは主要な水路の痕跡ではなく、その上唐突に残された痕跡である。徳左川ではなかったという事実は知り得ていた当時、確実な資料にたどり着かない限り他に代替する説もなく、ここは川跡ではないと考えたのである。

 

しかしこの考え方はやはり何度も揺れ動く。 やっぱり川跡って感じがすごいするのだもの。屋根神様の敷地(つまり町内の共有地)がこの道から連続した位置にあることも気になっていた。そして南側へ目を向ければ、斜めの土地境界、さらにヤオキスーパー東の道の曲がりまでが連続して存在していることに(いつの間にか)気づいていたのである。 やっぱり川跡じゃないか、いや、川跡であろうことを期待しながら出会ったのが次の資料である。そしてこの資料によって長年の考察に終止符が打たれることとなった。

 

「中村区土地宝典」
「中村区土地宝典」

「中村区土地宝典」 初めて目にしたのは2019年11月、中村図書館にてである。土地宝典には過去のある時点の地籍図が収録されている。そしてそこにおいては水路は黒で塗りつぶして表記されている。この道の部分は黒で塗りつぶされているわけではなったのだが、白地に「水路」という文字がハッキリと印字してあったのである。僕はここに遂にこの道がかつて水路であったことの証明を得、その事実を確信するに至ったのである。

(20200921)

 

「土地宝典[中区(旧制)/昭和9年]」
「土地宝典[中区(旧制)/昭和9年]」

2020年9月12日には、昭和9(1934)年の中区土地宝典(中区は旧4区制のもの)を見た。「中村区土地宝典」では既に失われていた水路が、黒ではっきりと描かれていた。そしてその水路は、見立て通りヤオキスーパーの東の道を抜け柳街道に沿い、さらに南側へと流れていた。このまま流路を延長すれば徳左川にぶつかると思うが、そこは地図の範囲外。昭和9年の段階で既に失われていたようであるが、好太郎用水(仮)からの分水も確認できた。丁度、いま路地として残っているところである。 屋根神は皇紀2600年を記念して昭和15(1940)年に建てられたものだから、遅くともその年までに用水は埋め立てられたはずだが、昭和9(1934)年の段階ではまだ存在していたということだ。さらにこの土地宝典では、竹橋町のナナメの道は水路に由来していることなど、数多のことを知ることが出来た。

 

「名西土地区画整理組合地区第弐区整理確定図」
「名西土地区画整理組合地区第弐区整理確定図」

2020年10月13日には「名西土地区画整理組合地区第弐区整理確定図」に出会い、好太郎用水(仮)の下流部を知ることとなる。流路は柳街道筋の西に沿って流れ、千成通で東に曲がって東流し、そのまま米野井筋に合流するというものだ。もっともこの地図は区画整理後のものであり、区画整理前の用水は中区土地宝典の通り南へ流れ抜けていたのだが、「最終的な流路」としてこの流れを暗渠マップにプロットした。

一方、好太郎用水(仮)の上流については、中島村の絵図に描かれた米野井筋からの分水がおそらくそれに当たるだろうと思っていたが、なかなか具体的な流路を示す資料に出会えずにいた。

 

 

「名古屋市則武耕地整理組合 地区第壱工区国有地無償交付図」を国土地理院地図と重ね合わせた図
「名古屋市則武耕地整理組合 地区第壱工区国有地無償交付図」を国土地理院地図と重ね合わせた図

2021年1月11日、「名古屋市則武耕地整理組合 地区第壱工区国有地無償交付図」を見た。これは市政資料館の資料である。特段分かりにくいところに収録されている訳では無いのでもっと早く出会っていてもよかった気がするが、まあそれは置いておこう。則武耕地整理の範囲の整理前の状況が正確に書かれた地図で、初めて目に入れた瞬間は思わずため息が出た。好太郎用水(仮)の米野井筋までの流路も描かれていたから、すぐに暗渠マップにプロットした。この地図では他に、牧野小学校前の水路の上流や、古川の流路詳細など、ありとあらゆる情報が詰め込まれていて(しかしそれは地図としては当たり前のことではあるが)本当に面白い。印刷して壁に貼り付けたいほどに素晴らしい資料である。

(20210114)

これが好太郎用水の全貌だ

もそも「好太郎用水」というのは僕が名付けたわけであるからあくまで仮名であって正式なものではない。米野村や中島村の村絵図を見ると「小用水」と書かれている。すべての用水路に名前が付いていたわけではあるまいし、「小用水」というのが一般的な呼び名だったのならそれはそれで良いのだが、それでは市道の「好太郎」という名前はどこから来たのかという疑問が残る。名古屋市道路認定図を見れば分かるが、市道の名前というのは殆どがおよそ機械的に付けられたもので、「〇〇東西第△号線」とかそういった感じである。「好太郎線」の読み方は「こうたろう」か何か知らないが、しかしこんなに、なんというか人間味の溢れた名前は非常に珍しいと思う。そしてわけもなくこんな名前が出てくるはずがなく、同じ場所をかつて流れていた用水路がなにか関係しているんじゃないかと考えているわけだ。その証拠と言ってはなんだが、市道好太郎線は、現在「道」として通行できるのは未舗装で残る一区間のみであるのに、登録されているのはその北にある屋根神の敷地、さらにその先の私有地から始まっている。そして南端も私有地につっこんで終わってるし、さらに言えば、現在はかなり短くなってしまった好太郎線はかつてはもっと長く、ヤオキスーパーの東まで続いていた。つまり太閤通と枇杷島新道との角にある大島鳥獣店の敷地を完全に縦断していたのである。現在ではそれは解消されてしまったものの、しかし一部で「道でないところが市道として認定されている」状況は続いている。これは普通では有り得ないことだと思うし、なぜ有り得てしまったかと言えば、この道が用水路の流路を引き継いだものだったからに他ならないのではないか。決めました、なんで「好太郎」という名前になったのかその由来は分かりますか、と市役所に聞いてみよう、いつか。

 

(市道好太郎線に関して:https://twitter.com/kawtky/status/1304782024813678593?s=20)

 

そんなわけで、上にして示してきたように、各種の地図との出会いのおかげでようやく全貌をつかむことができた「好太郎用水」。丁度若宮町のあたりでかつての村境をまたぎ、そしてそれは後に西区と中区の境にもなり、また則武耕地整理地内から区画整理未実施の太閤通沿いを抜けて名西土地区画整理地内へと、いろんな境を跨いでいたことがその全体像を掴みにくくしていたように感じるが、ひとまずその流路の全てを暗渠マップにプロットできた。そして太閤通沿い、ここが区画整理未実施であるからこそ用水路の痕跡が残ったと言えるだろう。ありがとう、区画整理しないでくれて。このあたりは割と広く、東は上米野の集落、西は中村日赤の辺りまで区画整理未実施のエリアが広がっているが、このうち西半分程度は名古屋土地の社有地として分譲されたものである。だから本当に昔から変化のないのは中村区役所駅を中心とした一部のみなのであるが、しかしその中に「好太郎用水」の未舗装道路や竹橋町の用水路由来の斜めの道、若宮八幡社前の道が狭く奥まった感じがあるのも、そして上米野の魅力的な路地の数々も、グリッドパターンの連続で構成されたシンプルでつまらない街並みにはありえない、落ち着きと歴史と親近感と楽しさとワクワクと温かみと、いや、そんな抽象的なものだけでなくて、唯この未舗装の道が・用水路の痕跡が残ってくれたことだけでさえも、素晴らしいことだと思っている。「好太郎用水」からの分水も土地宝典で存在を知ったが、まだそれはプロットしていない。またいずれ、少しずつ完成度の高まっていく暗渠マップにご期待いただければと思う。

 

 

 

写真 2020年4月撮影

中村区土地宝典 名古屋市中村図書館

中区土地宝典 名古屋市鶴舞中央図書館

名西土地区画整理組合地区第弐区整理確定図、則武耕地整理組合地区第壱工区国有地無償交付図 名古屋市市政資料館