#日比津の宝塔様

日比津の宝塔様。無病息災、豊作を祈って建てられた日蓮宗「南無妙法蓮華経」の石塔が、日比津町を中心に至るところにある。町内各地に石塔が建てられ住民の手により祀られているというのは、非常に珍しい形だそうである。



「栗山」- 日比津町1丁目16-16

天保3年2月建立。隣に倉庫と小社があったようだが空き地になってしまっていた。以前の様子は最新のストリートビューでも確認出来る。



「南の切」- 日比津町4丁目5-20

天保2年7月建立。左側に秋葉社と倉庫あり。




「新屋敷」- 豊幡町

明治12年5月13日建立。唯一明治時代以降に建てられた宝塔。日々津村の集落だが本村とは離れた場所にある新屋敷。現在の中村公園北、豊幡町にあたる。




「西の切」- 日比津町3丁目12番地

安政6年10月建立。かつての集落の西の端あたりに位置する。関係ないが、後ろのお宅が立派である。




「松葉屋敷」- 日比津町2丁目10-10

弘化4年12月建立。秋葉社と併設されている。秋葉社の堂宇は集会所としても使われていた(いる?)ような雰囲気がある。




「中の切(1)」- 日比津町1丁目4番地

天保4年10月建立。立派な燈籠があるものの、片側は崩れてしまったようで裏に残骸が置かれていた。「群機安寧」、群機とはあらゆる人々という意味だそう。




「中の切(2)」- 日比津町2丁目9番地

弘化4年10月建立。石柵で囲まれていて他より重厚感がある。




「北の切」- 日比津町1丁目7番地

文化9年12月建立。左右と裏側は細かい文字がぎっしり刻まれているが、ちょっとわかんない。秋葉社が併設されていた。




「池口」- 塩池町2丁目10-7

天保2年7月建立。日比津村池口妙経同修者和南、とある。もとは日比津村内だが、日比津町ではない。ちなみに現在の塩池町という町名は、字塩辛・字池口の合成地名である。




参考『古地図で楽しむなごや今昔』内「日比津の宝塔様」